雑俳の風景―16

溝口 浩

浄瑠璃の口説きやバレンタインの日

 

口説きとは何でしょう。中世の芸能のなかで悲哀を歌う演出であった「クドキ」は、浄瑠璃では抒情的な詞と旋律からなるものとして完成され、悲嘆・恋慕・恨みなどの心情を切々と訴えるようになり、劇中最大の聞かせどころとなりました。その後浄瑠璃が歌舞伎狂言化されると、俳優と床の竹本、浄瑠璃を語る人、との共演によって構成されることで、より印象強いクライマックスが演出され、浄瑠璃と台詞との技巧的な掛け合いや舞踊の要素も加わって多様化していきました。

…というとなんだか難しい話ですが、私の解釈ではオペラでのアリアだと思えば当たらずとも遠からずではないでしょうか。

 

バレンタインの日は若い人たちにとってはたいへんな関心事なのでしょうが私の若いころにはそんなものはありません。だからチョコレートを何枚もらったとか誰からもらったとか、心を奪われているあの人からはもらえなかった、とか心をかき乱されることなども全く無くて実に平和な時代でした。

 

中年になってからは義理チョコで部下の女性からだけでもかなりの数でしたが世の流れとはいえチョコレートメーカーの策略に見事のせられていました。

救いは義理チョコばかりではなく心のこもったチョコレートを長年にもわたっていただき続けた思い出は消えるものではありません。この話は私の胸の中にしまったままにしておきましょう。

…つづく