雑俳の風景―12

溝口 浩

 

飛六方三代揃ふ初芝居

 

ご存じ高麗屋の親、子、孫が玉突き式にそれぞれ白鸚、幸四郎、染五郎を襲名する歌舞伎界の大イベント。実は36年前にも全く同じ三代襲名があったのですがこの時白鸚と隠居名を名乗った八代目幸四郎は私の大贔屓の役者でした。熊谷陣屋の熊谷次郎、忠臣蔵の大星由良助、特に勧進帳の弁慶は1600回の上演を重ねた七代目の跡を引き継ぎ重厚な演技は見事でした。また進取の気性に富み、他の分野とのコラボなどしない時代に義太夫の竹本綱太夫と組んだ「日向島」は幸四郎の景清、友右衛門の糸滝で素晴らしい舞台でした。

 

ところで飛六方、勧進帳の舞台、安宅関で窮地を脱した弁慶が義経一行を追って花道を飛びながら引っ込む。この時の進み方なんですが我々は右足が前に出れば手は左、左足が出れば右手が前に、が普通ですが、右足がでれば右手も、左足がでれば左手がでます。これでは歩きにくいと思いますが江戸時代までは一般的な歩き方だったそうです。明治になってからは西洋式軍事訓練から今の歩き方に自然に矯正されたとか。

…つづく