敗戦前後の記憶-15

溝口 浩

戦時の旅-4

 

工藤家には高学年のお姉さんと僕の二歳下の梯子ちゃんがいて、後年彼女の勉強の手伝いをしたりディズニーの「ワンワン物語り」を観に行ったりもしたが、当時はただ生意気なだけの女の子だった。父が東京への帰り際に何かを忘れたので追いかけていって、吊り橋で追いついた。父は小石を拾って吊り橋の上から落とした。小石は長い時間をかけてゆっくりと谷底にむかって落ちていった。「ここはこんなに深いんだよ、ここで遊んじゃいけないよ」、まだ息をはずませている僕の頭を撫でながらこんな一言を残して父は東京に帰って行った。この時リュックを背負った小関七郎さんもいたから最初に来た時で、その後の記憶は次の甲府に繋がるから、父が次に来た時は再びの引越しの時だったのだろう。 どちらにしても居候の仮住まいは幼心にも侘しくて、母もどうせ少しの間だからと山間の学校に行かせる気も無く、近所の子供からは「学校に行かないと怒られるよ」と注意されたりして、居心地も悪くしていたが、間もなくして仮寓を出た。先ずは甲府に出て、そこから父が東京から持ってきた家財道具を大八車に積み込み、夏の盛りに乳飲み子を抱く母と、我々子供たちをも乗せての行軍は、炎天の下に、途中遠く高くに飛び過ぎる偵察中の敵機B29を眺めながら、敵にみつかるといけないからと日傘を閉じたり、敵機が去って、また日傘を開いたりしながら、今回は小関七郎さんとは別の若い社員の助けを借りて、石和は一宮村末木の、農家に借りた八畳一間に落ち着いた。

…つづく