「2018年9月」の記事一覧

敗戦前後の記憶-23

さんぽ道

敗戦前後の記憶-23 溝口 浩   焼け跡と闇市の東京-4   学校の先生が我々生徒に向かってこんなことを言っていた、「シャツなどはお母さんに煮てもらいなさい、そうすればシラミは死にます」、頭髪と衣服・・・

敗戦前後の記憶-22

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敗戦前後の記憶-22 溝口 浩   焼け跡と闇市の東京-3   碑文谷の家の庭には、父が山梨から持ち込んだぶどう酒が満杯の十八㍑入りの甕で十二個並んでいた。父はこれを楽しみにしたお客さんが来ると自慢げ・・・

敗戦前後の記憶-21

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敗戦前後の記憶-21 溝口 浩   焼け跡と闇市の東京-2   配給品の対象となっているのは統制品といわれて、特に米は米穀通帳なるものがあってこれが無ければ米は買えなかった。後に米も自由に買えるように・・・

敗戦前後の記憶-20

さんぽ道

敗戦前後の記憶-20 溝口 浩   焼け跡と闇市の東京-1   目黒区碑文谷一丁目の辺りは幸いにも空襲を免れていて、家から三分の距離に国の重要文化財の釈迦堂で有名な園融寺や、碑文谷八幡宮などが戦前のま・・・

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