つららの坊や-2

溝口 浩

 

この日の集いに参加するため越中八尾駅に降り立った老夫婦を迎えてくれたのは富山のボタン雪でした。「あっちゃんもこんな雪を見たんでしょうね」妻のつぶやきと共に二人の間には早世した妻の弟への思いが広がってゆきました。 義弟は文芸春秋で編集員をしていたのですが、地方の出版社から500部だけ出版された「納棺夫日記」を週刊文春の書評でとりあげ、その後文春文庫として出版したのです。その彼が病に倒れ、多方面の方々が寄稿してくれた「今村淳追悼集」の中で「納棺夫日記」の著者である青木新門さんが語る雪中での彼との出会い、その時彼が見た富山の雪もこんな雪だったのだろうか、そんな思いが夫婦の胸を熱くしていたのです。そしてこの熱い思いが「つららの坊や」との出会いに導いてくれたのかもしれません。

 

翌日は世界遺産五箇山で合掌作りの民宿「勇助」の囲炉裏端、ちろちろと燃える赤い炎と大きな鉄瓶にたぎる美味しいお茶を中にして、同宿の若い女性達も交えての食事は山の物、里の物、そして地の酒。赤い炎が初対面の衝立を取り払ってくれての語らいは夜が更けるまで続きました。

…つづく