戊辰の船橋戦争―14

溝口 浩

なぜ旧幕府軍は弱かったのか

ところで軍備にすぐれ、人数も多かった旧幕府軍が簡単に敗走してしまうのは何故だったのか。いろいろな原因があると思いますが、なるほどと思わせる説をご紹介します。

幕末の列強各藩はたとえば長州で高杉晋作が奇兵隊を創設したように軍制改革を急ピッチで進め、西洋式の軍隊としての訓練を受けていました。ここには家柄による身分差など存在しません、あるのは軍としての階級差だけです。

これによるとその場の状況に応じた指揮官の命令に従って一糸乱れぬ戦闘隊形をとり、特に突撃の場合には「突撃!」と叫んで部下を突撃させるのでは無く「フォロー・ミー」(我に続け)と叫んで将校が真っ先に飛び出すのが西洋式なのです。

ところが幕府軍ではほとんどが旧態依然とした戦国時代の戦の習慣ですから家柄をだいじにします。先ずは足軽が出ていって、その後に家柄の低い者から進みます。だから家柄の低い者よりも先に進むと家の名折れになるのです。

そうするとどうゆうことになるかといえば、あたりを見回して自分よりも身分の低い者の後から進もうとします。これでは軍隊としての勢いも出てきません。

そのうちに官軍に押されて最前線が崩れれば、いくら指揮官が後ろから踏みとどまるように叫んでも一気に崩壊するのは自然の理なんですね、面白い見方だと思います。

…つづく