戊辰の船橋戦争―12

溝口 浩

幕府軍の先制攻撃

 

新政府軍は市川・国府台近くの弘法寺(ぐほうじ)に本陣を置いて、行徳に福岡藩100、八幡に岡山藩他100、鎌ケ谷に佐土原藩200、本陣のある市川には安濃津藩400(一部徳島藩の援軍含む)が配備されました。

6月2日の早朝午前5時頃、撒兵隊が八幡の岡山藩陣地を攻撃しました。不意を突かれた岡山藩兵は大混乱に陥りました。安濃津藩の援軍が駆けつけて市川方面から砲撃を仕掛けたものの、岡山・安濃津藩軍は総崩れとなり市川にて大砲2門を奪われ、後方の弘法寺で攻防が行われたのです。この間に市川宿が炎上して127軒が炎上しました。ところが、昼頃に急を聞いて駆けつけた松戸方面から岡山藩の増援が、新宿方面から安濃津藩・薩摩藩の援軍が駆けつけたために戦況は一転し、撒兵隊は八幡・中山を放棄して船橋に撤収しようとしました

…つづく