戊辰の船橋戦争―2

溝口 浩

戊辰戦争の発端

まずは船橋戦争へと続くこの戦争の流れを見てゆきます。

慶応3年10月13日、14日に討幕の密勅が薩摩と長州に下されました。

しかし、慶応3年(1867年)10月14日に江戸幕府第15代将軍・徳川慶喜は日本の統治権返上を明治天皇に奏上、翌15日に勅許されました(大政奉還)。これで討幕の密勅は事実上、取り消されたことになりました。既に大政奉還がなされて幕府は政権を朝廷に返上したために倒幕の意味はなくなったのです。慶喜は10月24日には征夷大将軍職の辞任も朝廷に申し出ます。朝廷は上表の勅許にあわせて、国是決定のための諸侯会議召集までとの条件付ながら緊急政務の処理を引き続き慶喜に委任し、将軍職も暫時従来通りとしました。つまり実質的に慶喜による政権掌握が続くこととなったのです。慶喜の狙いは、公議政体論のもと徳川宗家が首班となる新体制を作ることにあったと言われています。

…つづく