音楽に支えられた人生―18

浅香匤可

原智恵子

母は蒲田時代の近衛合唱団にいたころ、友人の安東美津子さんのご主人でチェリストの天地芳雄の弟の天地真佐雄(先述のNHKのど自慢のピアノ伴奏・天地房子の父)からピアノの手ほどきを受けた。

当時天地真佐雄は阿佐ヶ谷に住んでいたが、蒲田のグランドピアノのある大村宅を中心に集まり親戚以上のグループの懇親を持って通い詰めていたようだった。

そんなことから母も素人なりにピアノに携わり、のちに私が国民学校に上がる頃から、少しずつ母に教わることになった。

しかし当時はあまり興味もなく何か惰性で習っていたような気がする。それでもバイエル、チェルニー、ソナチネまではやり遂げた。

私が音楽に興味を持ったある時、母から、蒲田、経堂時代の音楽を中心にした話を聞いた。

その中に、今でも記憶にあることがある。それはピアニスト原智恵子のことだ。

原智恵子は母より10歳以上も年下だったが、私が生まれた直後に日本人初めての国際ショパンコンクールに挑戦した。

勇気を持って挑戦したパイオニア精神は、野球でいえば南海ホークスの村上雅則のような心境だったかも知れない。結果は惜しくも等外だったが特別賞を勝ち得た。

その後、スペインの世界的チェリスト・・・ガスパール・カサドと結ばれ長い海外での音楽活動に徹した。

母はそのパイオニア的精神の原智恵子を尊敬していた。

このことを強調して語った母は生涯を通して、成長の思いをわが子の教育に託したのかも知れない。

原智恵子は2001年87歳で生涯を閉じている

 

おわり