昭和の噺家たちー5

さんぽ道
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   昭和の噺家たちー5 溝口 浩 金原亭馬生~鰍沢 昭和47年ごろの事でしたね。たまたま新宿末広亭の前を通りかかったら、夜の部の主任(トリ)が金原亭馬生。下足の小父さんの威勢のいい声に乗せられて何となく靴を脱いだのです・・・

昭和の噺家たちー4

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          昭和の噺家たちー4 溝口 浩 春風亭柳橋~蕎麦屋 1899年生まれ、日本芸術協会(後の落語芸術協会)を創設し、44年もの間、会長として君臨しました、大物です。 私の知る柳橋は勿論戦後ですから人気の圓生・・・

昭和の噺家たちー3

さんぽ道
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        昭和の噺家たちー3 溝口 浩 三代目春風亭柳好~野ざらし 出囃子の「梅は咲いたか」が流れ高座横の出演者を示すめくりが「柳好」に変わると客席は期待にどよめきだし、本人が高座に出ると拍手の嵐となり、「野ざらし・・・

昭和の噺家たち―2

さんぽ道
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    昭和の噺家たち―2 溝口 浩 雷門助六~操り人形踊り 粋な名前です、先ずは雷門五郎、雷だからゴロゴロで五郎。初代雷門五郎を名乗りましたが1962年55歳で八代目雷門助六を襲名します。歌舞伎の花川戸助六といえば浅草・・・

昭和の噺家たち―1

さんぽ道
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   昭和の噺家たち―1 溝口 浩 三遊亭百生~天王寺詣り 出囃子が鳴り終わるか鳴り止まない瞬間をついて「天王寺詣り!」と声が掛る。そんな事にはわれ関せずの表情でくしゃくしゃの顔を少し傾けながら前のめり気味の姿・・・

夏の思い出

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夏の思い出 大濱克也 シニアの私達がこの随筆題目からすぐ連想するのは、中田喜直作曲による尾瀬賛歌“夏の思い出”ではないでしょうか。私も山が大好きで尾瀬には大学生時代に上越線の駅から何時間も歩いて訪れたことがありますが、一・・・

琉球王国の外交戦略―18

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琉球王国の外交戦略―18 溝口 浩 しかし琉球分割案は日清両国にとって十分に利益のある魅力的提案でした。 清国にとっては宮古・八重山の割譲が太平洋への門戸を広げることになり、日本にとっては欧米並みの中国内交易権の獲得は国・・・

琉球王国の外交戦略―17

さんぽ道

琉球王国の外交戦略―17 溝口 浩 「日本、清国の主張はそれぞれもっともである。しかしこの広大なるアジアで偉大なる独立国は日本と清国のみではないか。このふたつの大国が小国琉球を挟んで覇権を争い平和を損なうのは、国際平和の・・・

琉球王国の外交戦略―16

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琉球王国の外交戦略―16 溝口 浩 松田は太政大臣三条実美から琉球藩王尚泰宛ての文書を読み上げた後手渡しました。その要旨は 過去の太政大臣の御達書を守らなかったので、そのまま放置することは出来ない。そこで回答を待つことな・・・

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